Vol.43 ハイヤーセルフを超えて【感情を感じ切る③】

2015. 3. 27 配信

~内なる豊穣無限の財宝”ゆとり”を目覚めさせる~

 

こんにちは!
透視リーダー☆ちはるです。

先日、ある覚者の方が、講演会で、こんな興味深い物語を教えてくれました。

あるところに、物乞いをして暮らしている男性がいました。

男性は、毎日、木箱に座って道行く人々に手を差し出し、恵みを乞い続けています。
どうか私に与えてください、私を助けてくださいと。

あるとき、上品な身なりをした紳士が、物乞いの男性の前を通りかかりました。
紳士を見た男性は、いつものように話しかけます。
あなたの持っているものを私に恵んでくださいなと。

すると、紳士は男性にこう尋ねます。
あなたが座っているその木箱の中身は何ですか?

そこで、物乞いの男性は木箱から腰を上げて、長年座っていた木箱の中を見てみることにしました。

男性が初めて木箱のフタを開けてみると。
何ということでしょう・・・
木箱の中には、あふれんばかりの金銀財宝が隠れていたのでした。

 

この物語を読んで、どのように感じられたでしょうか?

 

この物語の示唆する内容にほんのり触れながら、今日は、「感情を感じ切る」の後編として、感情の解放&開放のための準備を整えていきますね☆.。.:*・

 

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最初に、「感情」について、これまでお伝えした内容を整理しておきましょう。

空意識が人間の自分を通して知りたいこととは、感情。
私たちが人生において本当に求めているものとは、内的感覚であり、感情の体験であるとお伝えしました。↓
*Vol.38 ハイヤーセルフを超えて【すべては等しき価値②】

現実とは、何ら意味を持たない中立なる出来事(事実)に、思考と感情が加えられて紡ぎ出されたストーリー(解釈)。
感情それ自体も、中立で無色透明なバイブレーションに、二元の名前と意味が与えられて創り上げられている幻想。↓
*Vol.40 ハイヤーセルフを超えて【感情の正体】

肥大した感性(感情)は、己の意識と現実を停滞させて、空への目覚めをはばむ。
揺るぎない絶対至福を生きる人生への近道とは、感性を開いて、感情を解き放つこと。↓
*Vol.42トゥルーセルフ 【感情を感じ切る】

このように、感情こそが、空意識の己が体験したい未知なる魅惑であると同時に、人間の意識を幻想につなぎ置く呪縛にもなっています。

感情とは、いわば、魅惑のスイーツのようなもの。
甘美なスイーツを食べ続けてばかりいると、肉体が肥大して、動作が鈍く重たくなっていくように、同じ感情を繰り返し何度も味わい続けているうちに、味わい切れない未消化の感情が心と体に溜め込まれ、次第に意識が鈍化(収縮)して重たく沈んでいきます。

感情が未消化のまま心と体に溜め込まれていくほど、情感たっぷりのストーリーが絶え間なく紡ぎ出され、人は自らが織り成すストーリーという幻想の迷宮にはまり込んでいきます。

肥大していく感情とストーリーが重石となって、やがて身動きが取れなくなり、出口を見失って、幻想から脱することが困難になってしまうのです。

 

私たちの心と体を震わす鮮烈な感情バイブレーションが、幻想にリアリティを与えてストーリーを強化しています。
内にめぐる感情が重たく激しいリアルなものであるほど、外に映る景色にも、深刻さとリアルさが増していきます。

重たい感情がもたらす内側の強烈な感覚によって、自我の解釈に過ぎないストーリーという実体なき幻想が、深刻でリアルな現実へと加工され、幻想を超えて空なる全体へと目覚めることがはばまれているのです。

 

では、こうした感情の呪縛から解き放たれていくと、私たちはどのように変化していくのでしょうか?

感情とストーリーの重石から解放されて、空なる全体へと目覚めていく変化のプロセスを、ここで、具体的に見ていきましょう。

 

感情の重荷が解かれ、あらゆる感情が光へと戻されるにつれて。

感情に振り回される代わりに、「感情とともに在る」ことができるようになります。

外側の出来事や状況について、喜びに酔いしれたり、ひどく落ち込んだりするような、極端な感情反応が消え去ります。

努力や頑張り、不安や焦りによって収縮し、緊張して固く閉ざされていたハートが緩んで、ハートが開かれていきます。

重たい感情が光へと戻るのと入れ替わりに、開け放たれたハートの扉の向こう側から、空なる全体の純粋意識が流れ込んできます。

ハートが今ここにゆったりとくつろいで、内側に”ゆとり”が広がります。

 

分かりやすく言い換えてみましょう。

“ゆとり”とは、つまり、中立な無条件の愛という状態であり、今ここに在ることの喜びそのものであり、満ち足りたる創造無限の豊かさであり、揺るぎない絶対至福の空なる全体(空意識)の現れ。

重たい感情のフタが外れてハートが開いていくと。
ハートの中心、ゼロポイント(空意識)から、あふれんばかりの愛と喜びと無限の豊かさ=”ゆとり”が、雪崩のごとく自我意識の中に流れ込んで広がっていきます。

じんわりとした満ち足りたる至福のバイブレーションが、ハートの中心から己の内全体へと浸透していきます。

自我意識から空意識へと人生の主役が入れ替わり、足りていないという欠乏意識(有限意識)から満ち足りている豊かな豊穣意識(無限意識)へと、内側が変化していくのです。

 

それでは、内側(意識)に”ゆとり”が広がると、外側(人生)はどうなっていくのでしょう?

 

呼吸も動作も日常生活も、ゆったり落ち着いた優雅なリズムを刻むようになります。

こうなりたいと誰かの背中を追いかけたり、夢や目標を達成しようと頑張ることがなくなります。

お金や権力や肩書などの外的要素への拘りが色褪せ、もはや外側の成功には興味も魅力も感じなくなります。

ギュッと握りしめてコントロールしていた操縦桿を手放し、人生が自動操縦へと切り替わって、変わりゆく外の景色を変わりゆくがままに楽しむようになります。

 

内側に”ゆとり”があるから、相手に求める必要がなくなります。

内側に”ゆとり”があるから、お先にどうぞと、我慢や抵抗なく相手に譲ることができます。

愛と喜びに満ち足りた豊かな”ゆとり”の意識へと内側が変わるにつれて。
愛、情熱、創造性(豊かさ)という無形無限の内なる財宝を、自他の喜びのために外へと差し出していくようになります。
無形無限の内なる財宝=”ゆとり”を外へと出すほど、内にも外にもますます”ゆとり”が広がり、いやおうなしに、人生が限りなく満ち足りて、自分も周りも、ともに豊かになってしまうのです。

“ゆとり”とは、いわば、ハートから湧き出ずる豊穣無限のフリーエネルギー。
個人の内なる”ゆとり”が外へと放出され、自他の喜びのために使われていくほど、”ゆとり”それ自体が無限に拡大していき、個も全体も、ともに限りなく発展繁栄していくのです。

 

“ゆとり”とは外側から与えられるものと錯覚して、人は”ゆとり”を外側に求めています。

もっとこうしてクレたらいいのに。
もっとこうなってクレればいいのに。
もっと”ゆとり”があれば、これができるのに。

周りが・環境がもっとこう変わってクレれば、私は幸せになれるのに=私は満たされるのに。
もっとお金があれば、もっと○○さえあれば、私は幸せになれるのに=私は満たされるのに。

自分のためにもっとこうしてもらいたい、外側からもっと与えられたいと求める、こんな欠乏意識のクレクレ状態で、人は誰かに何かを期待したり、要求したり、外側の状況をどうにかコントロールして、愛と喜びと満足(=ゆとり)を手に入れようと頑張っています。

家庭や職場、コミュニティや国家間のいたるところで、規模の違いはあれども本質的はまったく同じ原理の、パワーゲームやマネーゲームと呼ばれる”ゆとり”の奪い合いが日常化しています。

かりそめの”ゆとり”を奪い合うゲームに互いが興じていて、個々の人生や社会全体に大きな歪みを生じさせているとは、誰も知る由がありません。

 

“ゆとり”とは、外側から与えられるものではなく、もともと己の内側に在るもの。

愛も喜びも創造無限の豊かさも、もともと己のハートに無限に内在していて、己のハートから外へと発信され、個から全体へと向けて使われていくためのものなのです。

内なる愛をハートから外へと出すほど、内なる喜びをハートから外へと出すほど、内なる豊かさ(創造性)をハートから外へと出すほど、己の内が愛と喜びと豊かさで限りなく満ち足りていきます。

己のハートから外へと放射された愛と喜びと豊かさが、無数の誰かのハートにこだまして跳ね返り、やがて、己から放たれた以上の愛と喜びと豊かさのうねりとなって、反転して己のもとへと流れ込んでくるようになります。

こうして、愛と喜びと豊かさという”ゆとり”が、己のハートを起点に循環しながら拡大していき、己の意識も人生のありようも、周りも、社会全体も、愛と喜びと豊かさで限りなく満ち足りていくのです。

 

出すほどに満たされ、与えた以上に与えられる。
このシンプルな豊かさの循環の摂理に逆らうかのように、人は、なぜ、己の内側から出さずして、外側から与えられようと頑張ってしまうのでしょうか?

人が外側から与えられようと求めている理由、それは、重たい感情がハートの内なる”ゆとり”をせき止めて、”ゆとり”を外へと求めるよう己を駆り立てているためです。

重たい感情や、それらの感情を生じさせている重たい思考や価値観によってハートがふさがれ、”ゆとり”の供給源、空意識(ハートの中心、ゼロポイント)とのつながりがさえぎられているために、人は”ゆとり”を内側に十分に感じることや、内なる”ゆとり”を外へと出すことができなくなっています。

その結果、足りていないという欠乏感にとらわれ、他人の評価や愛情、モノやお金、権力や肩書などの有形有限のかりそめの”ゆとり”を外から得ることで、己の内を一時的に満たして、飢えを凌いでいるのです。

“ゆとり”を外側に追い求めるほど、二元性のループにはまり込んで欠乏感ばかりが増していき、内にも外にもますます”ゆとり”がなくなっていきます。
*二元性のループとは↓
Vol.35 ハイヤーセルフを超えて【人生の仕組み③】

“ゆとり”がなくなるからますます外へと”ゆとり”を求めて、ますます飢えたるクレクレ状態の意識へと陥り、人間関係や仕事や経済面で困窮していくなど、己の意識と人生のありようが、愛と喜びと創造無限の豊かさから次第に乖離していきます。

こうした欠乏の循環と連鎖が、私たち個人の人生や社会全体を蝕んでいます。

 

愛、喜び、情熱、創造性(豊かさ)。
ゆったりとしたくつろぎの感覚。
理由や条件付けを伴わない、満ち足りた至福の感覚。
誰もの内に宿るこれら無形無限の財宝のほとんどが、おのおののハートの奥底にしまい込まれて、忘れ去られたまま、宝の持ち腐れとなって眠っています。

外側のかりそめの”ゆとり”にとらわれ続けている限り、己の内側に宿るこれらホンモノの”ゆとり”を目覚めさせることはできません。

無形無限のハートの財宝を用いていくことなしに、有形有限の財宝をどれほど手に入れ続けてみたところで、心が真に満ち足りていくことはありません。

 

潤沢なお金の流れに恵まれたい。
やりがいのある仕事を見つけたい。
素敵なパートナーとめぐり会いたい。
家族との関係を円満にしたい。
職場の人間関係をよくしたい。
愛と喜びと豊かさに満ち足りた人生を送りたい。

自我が今、そんな”ゆとり”を望んでいるのなら。

これらの思いを実現しようと努力をしたり、外側の何かを変えようと頑張る必要はありません。

求めるものを手に入れようと外側へと働きかける代わりに、己の内側をほんの少し変えることから始めればよいのです。

まずは、感情の重石を除けてハートを開き、愛と喜びあふれる豊かな”ゆとり”の意識を、己の内いっぱいに広げていけばよいのです。

愛と喜びあふれる豊かな”ゆとり”の意識が己の内側に広がるにつれて、愛と喜びと豊かさに満ち足りた”ゆとり”の世界が、おのずと外側に象られていくのです。

 

 

次回は、「感情を感じ切る」の実践編として、感情の解放&開放ワークをご紹介していきますね。

 

ハートに眠れる豊穣無限の財宝を、ともに目覚めさせていきましょう.。.:*☆

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました☆彡

プロフィール

クリアサイト認定透視ヒーラー

荻野 智晴

上級透視リーダー、上級ヒーラー。 1997年、クリアサイトジャパン「クレアボヤンススクール」「エナジェティック・メディスンスクール」修了。

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